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経過
 12月20日から丁度1ヶ月が過ぎ、包帯も徐々に取れ
今は、左手首の半分の添えに包帯のみで、
しかし右人差し指は包帯はとれたものの、まだ
関節はほとんど動かない、
ゆっくりとリハビリに励むしかない。
病院通い、近くの蜂蜜などの納品等は、全て
弟の世話になっている。
昨年60歳で定年を迎えた弟は、後は仕事につかず
家でゆっくりとしている。
しかし、田舎
畑もあるし、山もある。
都会人の定年のようにはいかない、
「おれのルーツは「山師」だったのだろうか?」
といって、山仕事がとても気に入って
木や竹など 荒れた山の開墾?をしている。

ある女性の方に メールで包帯だらけの私の写真を添付して
送った、
{早く直してね・・」
なんて 可愛いことを言ってくれる。
そして
「髭がダンデイよ」 などと
無精ひげをそういってくれる、
即 その夜、風呂で女房に手伝ってもらいながら髭剃りを
始めた、
口ひげだけは、そのままにしておいた、
「ダンデイよ」 と言ってくれた 言葉が頭のどこかに
のこっていたのだろうか?
そんな可愛い彼女と いつまでも
メールのやりとりをしている今日この頃である。

| - | 18:18 | comments(0) | trackbacks(0) | -
大晦日
 公私とも波乱の一年であった。
20年前まで、5年間すんでいた仙台では
関東東北大地震で、津波の大被害を
もたらした。
1000年に一度の確率といえば、20年前
は ほんのわずかの時間差
それも若林区に住んでおり、
危ないところだった。
また秋には 玉野市を直撃する台風で
地区の10数名が出て、土嚢を200個も
作って、大雨と道にあふれ出し、川と化した場所に
土嚢を積み上げる 床下浸水も何軒か出てきて
台風の来ないこの地区では 大変な被害をこうむった。
また私は といえば
年末に大怪我で、今も中指一本でブログを書いている始末。
そんな今年だったが、今日の大晦日は
そんな今年がうそのように
穏やかな冬の陽だまりに溶け込んで
穏やかに読書などしている。
先日 義兄が持ってきてくれた「山本五十六」を
読んでいる。
先日のテレビの「坂之上の雲」の時代の東郷元帥から
昭和の山本五十六 
いずれも日本をその時代に引っ張っていった
時代の力強い牽引車であった。
男が弱くなったのか、時代の趨勢か?
父親の権威もとうに 落ちてしまってから
こうなったのか、
いまや父親は 犬になってしまった。
家族の中では浮いた存在。
父親を馬鹿にしたようなコマーシャル 
ソフトバンクの
それでも 面白いコマーシャルと
・・・・・
怒る元気もない今日この頃である。

来年こそは・・・
皆さんもきっと良い年でありますように・・・

| - | 16:21 | comments(0) | trackbacks(0) | -
続き
 左手首骨折の包帯 ギブスを巻いて
全ての処置が終わったらしい。
まだ全身が寒く、震えている。
 隣で看護婦さんが
「今日帰れる?」

こんなときに冗談を言うなよ 看護婦さん

右人差し指に包帯をしてくれている別の看護婦さん
見ると 少し太めだが かわいい目をしている。
まだ学校を卒業したばかりか
やさしく包帯を巻いてくれる
笑顔がかわいい
少し話しているうちに
門松の話になった、
「小さな部屋だから、ミニ門松が欲しいわ}
「1個1000円だよ、今度持って来てあげるね」
名前を聞いて、
今度病院へ持ってくることを約束するが、
結果的に、そこの病院は行くことが出来なかった。

妻と先生が話している。
妻が無理を言っているのも良く聞こえる。
結局
本当に今日 退院
入院も出来なかった。
ベッドの数が足りない というのがどうも原因らしいが、
弟に電話し
頭に包帯、左手にギプス
右人差し指に包帯
そんな格好で その病院を出されてしまった。
ギプスをしてくれた先生
「あとは消毒するだけだから、近くの病院でいいよ」
玉野なら といって病院を紹介され
明日から そこの病院通いが年末まで始まった。

「風呂へは妻に全部手伝ってもらって、
全部洗ってもらっているよ」
「まるで、新婚時代に帰ったようだ、」
京都にいる女房の親友の奥さんと電話で
話している。
 
「それ 老老?介護でしょう・・・」
といって 電話のむこうで 大笑いするのであった。

今から老労介護の練習?
終わり
| - | 10:43 | comments(0) | trackbacks(0) | -
続き
 何分経っただろうか、
遠くから 救急車のサイレンが聞こえる。
遠くで人の声
意識 朦朧 とまではいかないが・・・

「聞こえますか?」
「・・・はい・・・」
担架に数人がかりで乗せられる。
 山から畑へ出ているようだが、
安定感が悪い
狭い山畑だからなのか、運ぶ人がヘタクソなのか?
いずれにせよ あまり良い心ではない。
やっと 救急車のなかに・・
妻が同行しているようだ。
少し動き出すと
「生年月日は? お名前は?」
「どのようにされていたのですか?」
など 聞かれるが 妻に聞けば良いのに・・・
話すのも面倒な気分

「今 ○ ○ あたりを 走っていますから」
まだ そんな ところかよ!
遅い救急車だな

やっと目的の病院に着いた
一昨年もここで手術をしてもらった病院なのだ。
一昨年も 年末のミニ門松の台になる孟宗竹を
切り出していたときのこと
小指が挟まれて小指の第二間接を骨折、
痛かったが、あまり気にも留めなかったが
妻の病院の運転手で、ついでに診てもらって
わかったのだ。
大げさに 手術
手術台の上に乗せられると
若い看護婦さんが、
「バックグラウンドミュージック?のようなもので
何かお好きな音楽を おかけしましょう
何が良いですか?」

「最近は こんなサービスもあるのか、」
「じゃあ シャンソンでも何か・・・」

若い看護婦
「シャンソン て 何ですか?」
ゆっくりと落ち着いて 説明してあげる
そんな余裕もこのときは あった
しかし 今は それど頃ではない。
すぐに先生が
駆けつけて 診断する、
少し私にとっては 荒いが 手っ取り早く
処置。

麻酔を足のほうに打って
切れている頭を 私の痛みなど 無視して
動かしまわる、
「たてべさん わかりますか?」
といって 怪我の状況を教えてくれる
だんだん 寒くて震えが 止まらない。
「うん 寒いねえ 」
とベテランの看護婦が 同調してくれるが
室内は少しも温かくならない
「うう  寒い!!」
 
頭を縫っているようだ
先輩の先生が 若い先生に
「そこは もっと深く・・ もっと大きく」
と指導しながら 教えている
麻酔で 痛さはないものの
頭の皮を グッ と引っ張るのが なんともいえない痛さか
その手術は それでもすぐに 
医者から 言わせれば 簡単 の一言だっただろうが・・・
心配な患者 私 をほったらかしにして 先生たちは
何処かに 行ってしまった。
まだ 寒い
妻との面会?
何も話すことはない、
ドジをしたものだ、
我ながら 情けない
今度はしばらくして
違う先生がやってきた。
腕の骨折のほうの担当の先生か?
右人差し指をみて
「脱臼だな・・」
「じっとしていて」
というや否や 私の痛い人差し指を
握ったかと思うや否や
「グッ」 と力を込める
そうすると グッと 曲がっていた人差し指が
元どうりに 直っているではないか
この先生 名医だな と
簡単にその脱臼を直してくれた先生に
驚くばかり
左手は 手首から骨折しています。
といって包帯を大きく回してゆく。
数分で 固まります とのこと
続く
| - | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) | -
ホワイトクリスマス
 今日は、世の中は キリスト教のクリスマス。
仏教の方々も一緒に祝っているこの日本の光景は
なんとも不思議だ。
赤い帽子と赤い服を着たサンタクロースがやってきて
良い子に、プレゼントをする。
そうすれば ケーキがうんとたくさん売れる。
西日本側は雪になって、一面真っ白なクリスマス。
私はサンタになって、赤い帽子と赤い服で登場
の予定だった。
しかし 今 
私は 白い帽子のような包帯を頭にかぶり
左手は白いギブス、右人差し指は白い包帯
赤が白になってしまった。
20日に赤い血が出て、白い包帯をした ということ。
18日、19日と毎年の門松作成を3〜4家族で作成して
一安心だった。
山の木の枝を切るため、数日前から、脚立を用意して
山の木の横へ置いていた。
ひと段落ついたから、脚立に上って木の枝を切ろうと
チエーンソーのエンジンをかけ、脚立に上った
そして なんでもないようにきり始め
すぐにその枝は切れたが、切ったふもとが、脚立のほうに
投げ出され、脚立はその場から倒れる。
「やばい!!」
・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・・
「ねえ! 大丈夫!!」
と側から聞いたことのある妻の声
「すぐ救急車を呼ぶから・・・」
やっと 意識を取り戻した私は
頭から出血しているのを 軍手の血で悟った。

チエーンソーはまだかかったままだ。
すぐそばにある。
チエーンソーで頭を切ったのでは
の不安も 
「チエーンソーではないみたい」
と妻

・・・・・・・
今年の年越しは病院のベッドの中か・・・
でも体重は減るだろうな 良かったな
年末の「まごころいちば」や
「朝市」の販売は 誰かに頼もうか?
もう朝市では数人のお客様からミニ門松の注文も
聞いており、入金もされているのだから。
壮年会の新年会も副会長に頼もうかな
新年の日帰り旅行も無理かな
それにしても 救急車は遅いな!
少し体が寒くなって行くようだ。
まだ頭から出血しているのかな・・・
この体はどうも 脚立の上にいるらしい
あまり動かないほうがよさそうだ。
 まだ救急車のサイレンの音が聞こえない
・・・・

続く
| - | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) | -
場違い
 久しぶりの投稿
つい先日まで、猛暑の中、農作業、蜂管理などで 汗びっしょりになり
夕方7時を過ぎると 眠くなる、 そして朝は5時すぎには目が覚める。
若い頃 あれだけ朝が弱かった私にとっては信じられない出来事の毎日。
朝晩やっと秋めいてき、朝晩は過ごしやすくなった今日この頃。
しかしまだ日中は 少し動くとすぐ 汗びっしょりに
今日も 朝2時間ばかり草刈機を使うと もう汗びっしょり
そして もう年末の忘年会の話題
今年初めて地区の忘年会を開催する、小さな公民館で安くあげるというもので
いつの間にか私めが、実行委員長に・・・
そして 大阪の頃の会社の会 これも私が幹事、40数名に案内状を書かなければならない
また 地区の壮年会としても忘年会?
既に私がメインになってする忘年会も3件。
夏の暑さに弱りきった体にやっと元気が戻ってきたというのに・・・

 「場違いのようね 出ましょうよ」 と
隣の席の妻が言う。
ここは 岡山武道館 夜の8時を少し廻って場内も蒸し暑く
ジーンズにポロシャツといった、普段着の私の周りには
まるで結婚披露宴の会場のように 若い男女がスーツ、とドレスアップしたいでたちで
会場の舞台で行なわれている ファッションショー?ではなく ヘアーファッションに
酔いしれている。
いつものこの時間なら 既に食事も終わり 2階で テレビでも見ながら のんびり
転寝している時間。
その会場のファッションショーの中、どこからかインスタントラーメンの香りが
どこからともなく漂ってくる。
この会場には場違いなにおい。
「なに このラーメンのにおい」 と女房 不機嫌極まりない。
若かった頃のファッションショーの会場を思い出しての発言だろうな
確かに 
そしてそのラーメンを手に持って 歩きながら食べている若いスタイル抜群の女性。
ずーっと ずーっと 野良仕事ばかりの毎日の環境から
周りには決してこのような若者はほとんど見当たらない
若くて50台後半 そして 70代中心のこの地区の生活が 当たり前の現代だと
今夜のこの会場は 何だ
 ここは  okayama award という昨年から始まった49歳以下の若者の業績のあった
29名の方の表彰式とそのなかの優勝 準優勝を決める場
若い力で 岡山を活気づけよう といったような試みか?
いつもは田舎の香水を嗅ぐ 毎日だが 今夜は女性のつけた香水がなぜか
心を若くしてくれる。 
久しぶりに男 に帰った 気分
しかし ドレスアップした若くて美しい女性を見ていると いいのだが
何故か彼女たち全てが 「我が世の春を・・・」 しているような
生意気 というか横柄な態度 その横に若い男性がひれ伏している
 これが 今の日本! なのか
ラーメンを食べながら歩き 大きく開いた胸を自慢するかのような服装に

既婚出産数が2人 を割った という今日の新聞の記事
益々 女性は横柄に そして男性は その彼女らの奴隷に なる。
60産を過ぎた老人は やはり田舎で松ノ木の選定が 待っている。
| - | 18:00 | comments(1) | trackbacks(0) | -
ハゼの蜜
 今年初めて、置いた蜂群から「ハゼの蜜」が採れました。
シナモンの香りがする、とってもまろやかな風味です。
来年からは これの蜜も売り出したいですね。
ちなみに 今年は試験販売ということ
 欲しい方は メール、電話などでご注文ください。
数量は300gでわずかしかございませんので あしからず。
300gを1400円程度で 来年から販売予定
今年は1000円でいかがでしょうか?
早いもの勝ちです。
| - | 13:27 | comments(1) | trackbacks(0) | -
蜜蜂捕獲大作戦
 明日で 禁煙半年になる。
今でも 欲しくなることが、1日1回ほどあるが、
以前のように、「欲しくてたまらない」 といったようなことも無く
それでも あのタバコを一服 の思いは忘れられない。

この時期になると、蜜蜂群は子孫を増やそうと、
1群の中に王台を作り、そこから女王が出ると
今までの古い女王は約半数を連れて、その巣箱から
出てゆく。
そして近くの木などに1群が重なり合って放物線を描くように
固まる、
これを「分封」と呼ぶ
2〜3年前までは よく我が家でも「分封」をさせて
放っておいて、山に逃げ出し、1群いなくなり
大損することも たびたび あった。
それでも最近は、管理もしっかり行い
分封の恐れは減ったものの、1週間に一度は
蜂群を点検しなければならない。
最近は梅雨で しかしあまりに多い雨
曇った日などに点検しようものなら、蜂群も
怒って、攻撃してくるから 貯まったものではない。
袖の間から中に侵入して、か弱い腕に毒針を差込み
「いたっ!!!」
何度刺されても
痛いものは痛い
これを点検しないと
ある晴れた日などに きっと分封するのである。
先日も雨の間を抜けて
お世話になっている家電屋さんの招待?で広島まで
出かけ、尾道も見学し
帰ってみると 即 電話が鳴り
近所で蜜蜂がいるので、確保して欲しい
とのこと
早速出かけてみるが、屋根裏に巣をしているらしく
捕獲は困難
知っている蜂退治の専門の猟友会会長に電話するも
そこは困難で蜂群を殺すしかない とのことで
そこの奥様も 優しい方で
「蜂が少なくなっているし、殺すにはかわいそう」
と少し時間を掛けて様子を見ることとなった」
残念ながら その蜂は日本蜂で
我が家に飼っている 蜂群は 西洋蜜蜂で
飼いかたが かなり異なり
日本蜜蜂は趣味で飼っている方が多く
蜂蜜などを販売するには、西洋蜜蜂が主である。

そして今日も とある養蜂家から、同じ玉野市で
蜜蜂を駆除して欲しい との依頼で
これが西洋蜜蜂なら 5万円の儲けだ
(今頃蜜蜂を購入するとこれくらいの価格)
とばかり 勢い込んで 雨の中を準備万端に出かける。
大きなその家で またもや その蜂群は
2階の壁の周りに 垂れるように 集まっている。
みると これもやはり日本蜜蜂
 「残念!!」
雨の中を 軽四トラックで帰路に
いつまでも 雨はやまない。
| - | 22:09 | comments(2) | trackbacks(0) | -
久しぶりの投稿
 採蜜で忙しく  な〜んて
それでも 結構 忙しいのです。
れんげの花の開花も例年より1ヶ月ほど遅く
咲き始めた と思ったら 即刈り取られる始末
これで 今年はれんげ蜜は 採れないかな 
などと注文予約も極力減らしていたが
ここにきて やっと 残った田のれんげに蜜蜂が
きて・・・
そうこうするうちに 今度はアカシアの花の開花
5月11日に市内はいっせいにアカシアの花が開花した
そしてもう 今日24日は先日の雨もあり
散ってしまった、
わずか10日少しで 散ってしまう  桜の花より寿命は短い
れんげ アカシア 百花 と3種類の蜜が 揃った
まだまだ採蜜期は1ヶ月残っている
細やかに そして大胆に 搾って
今日までは 昨年の150%と 調子は良いが
雨、など天候に左右されるだけに 予断を許さない。
採蜜の仕方も今までより 変えて 効率的に蜜の貯まった巣脾のみを
持ち帰り 採蜜をする
そうすることによって、作業時に蜜蜂が来なく
効率的に また安心して、刺される恐怖がなく 搾りことが出来る
それと今年から隔王板を取り付けて、蜜だけが貯まっているので
蜂児を殺す心配もない
今日のように
明日も
春のそよ風に乗って ルンルン気分で巣脾を取ってくるのだ

26日からは
まごころいちば
今月は、サンノゼの丘にて 開催します。
近所の方は 皆さん着てくださいね
採蜜体験もしますよ

そして もうひとつ
私が小学校の頃に祖父が趣味で養蜂をしていた頃の
蜜が なんとカメの中から出てきましたよ、
なんと半世紀も前の蜂蜜です。
糖度を計ったら74度 と薄くて
少し発酵していますが、
色も真っ黒で 食用としては少し無理
その蜜も非売品として 展示します。
半世紀前の蜂蜜も見に来てくださいね。
| - | 00:15 | comments(2) | trackbacks(0) | -
3月16日
 昨日、私が この世に生を受けて 62年の月日が流れた、

とてつもなく 寒い
こんな気候だったのだろうか? こんなに寒かったのだろうか?
知る由もない、
夕食時 目の前に お袋に
「おれが生まれたときも こんなに寒かったのか?」

「おっぱいを よう飲まなくて 夜中中 泣いてばかりいた」
「初めての子だったので、大変苦労した」
「こんなに寒かったかどうかなど覚えていない」
「泣き止まなくて 苦労したことだけ 覚えてるよ」

と 遠い当時を思い浮かべるように
85歳の母が言う。

被災地はもっと寒かろう
やっと 仙台の友人と連絡がついた。
「いきとるか?」
「生きてるよ!」

懐かしい声が、携帯電話の向こうから聞こえてくる。
多賀城の近辺にいたはずだ。
仕事中で あわてて2階に 駆け上ったらいい。
5mを超える津波が こちらへ押し寄せてくる。
 あと2秒 遅かったら 私も津波にのみこまれていたんだよ・・・
と仙台弁が懐かしい。
2階から下を見ると
津波に さらわれてゆく人 車内でもがき苦しんでいる人
テレビでは到底 映し出されない光景が
目の前にあった。
それは あたかも この世の 地獄だ。
そんな恐怖を電話の向こうから 語ってくれる友人の
命のあるのを 第一
家族も 無事 とのことを聞き 一安心

また今日午後
 仙台でお世話になった方
京都出身? 仙台へ とついだ70歳前の おばさんで
毎年 蜂蜜を購入してくれている方
この家族も全員無事とのことで
「やっと昨日から電気が来た」
と大喜び
昨年末に どうやらなんとか文化勲章?なるものを
授かり 喜びにひたっており
今年はじめは 蜂蜜の注文もなかっただけに
心配していたが、
「はちみつを食べていたお陰で、元気で〜す」
とのこと
皆さん良かった。
でも仙台にはまだまだ
お世話になった方が大勢いらっしゃる。
その方々の安否が 心配
5年間を過ごした 仙台 みちのく
| - | 18:10 | comments(1) | trackbacks(0) | -
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